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ワゴンRにさよなら [記事]

 今年に入って、車の調子がおかしくなりました。
こうきが小さい頃からずっと乗っていた軽自動車です。
 少し変な音がすると思ったら、急に加速ができない状態になってしまい、
見てもらうと大がかりな修理が必要だと言われてしまいました。
 買ってから年数も経っているし、仕方なく買い替えをすることに。
こうき、いつも乗っている車が戻ってこないことがとても気になる様子です。
 「 ワゴンRは、しゅうり中ですか」
 「いつ、しゅうりしますか」
何度も聞いてきます。
 「あのね、ワゴンRは動かなくなっちゃったから、新しい車を買うかもしれ
ないんだよ」
説明しても、納得いかないようで、
 「ワゴンR、しゅうりできないですか。もう乗らないですか」
 「2月はしゅうりできますか。3月になったらしゅうりできますか」
などと言ってきます。
 しばらくの間、別の車に乗っていましたが、いよいよ新しい車が来ることに
なったので、そのことをこうきに伝えました。
 「新しい車、3月に来ますか。4月来ますか」
 「いやいや、もっと早く来るからね。楽しみだね」
と新しい車を喜んでくれるものとばかり思っていました。
ところが・・・
 「新しい車きたら、ワゴンRとさよならですか」
 「そうだね。もう少しで、さよならかな」
 「ワゴンR、もう、乗らないですか」
 「そうだね」
 何度かこの会話が繰り返されました。
 
 新しい車の受け取りの日。こうきも一緒に行く時間ができました。
ぴかぴかの車の中をのぞいてみて、嬉しげな様子もあったのですが、
ワゴンRから荷物を積み替え、新しい車で帰ってきてみると、
 「ワゴンRは、もうおわかれですか」とこうき。
 「そうね、お別れだったね。お世話になったね」
 「さよならするの、わすれちゃった。さよなら、したい」
 もう一度、ディーラーに行く用事があったので、こうきも連れて行きました。
そして、水色のワゴンRの元へ。.
小さい頃から12年間乗っていた車。保育園も養護学校も、どこへ行くにも
乗っていた車です。いろんなことが、ありました。
 「じゃあ、ワゴンRにさよならさせてもらおうか」
 すると、こうき、車のボディをポンポン、と何度もなでて「さよなら~」とつぶ
やきます。そのあと、運転席に乗り込み、ハンドルを握って運転気分。
 「おせわになりました~」
助手席にも乗って、名残惜しそうに、しばらく車の中を眺めていました。
「すみません」と言うと、ディーラーの店員さんも、にこにこしながら、「いい
ですよ」と待っていてくれました。

 「ワゴンR、しゅうりできませんか」
 こうき、ディーラーのお兄さんにもう一度聞きます。
 「そうですね。修理は難しいかもしれませんね。修理しても直らなかったら、
もう乗れないですね」
 「もう、しゅうりできませんか。しゅうりできなかったら、ゴミですか」
こうきはワゴンRが捨てられてしまうことを心配しているようでした。
 「部品を外して使うことがあるかもしれないし、もしかしたら、このまま売って、
修理して乗る人がいるかもしれません」
 「まだ動くかもしれないんだって。人が乗るかもしれないって」
その言葉を聞いて、こうきは安心したようでした。

 「ワゴンRにさよならしました」
 「12年間おせわになりました」
 「本当にお世話になったね。さよならできて、よかったね」
 こうきのおかげで、長年乗った車のことをいとおしみ、感謝する時間が持て
ました。


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ビルクリ挑戦 [記事]

 去年新しく挑戦したこと。それは「ビルクリ」でした。
 「ビルクリ」とは、正式に言うと、「ビルクリーニング」技能検定のこと。
台ふきやほうき、モップのかけ方などの清掃の技能を身に付け、その成果を
検定するというものです。
 実はこの検定、昨年度から養護学校で希望者を募り、練習、受検を行って
きたものですが、こうきにはちょっとハードルが高いかな、と思ってあきらめて
いたことでした。
 というのも、「ビルクリ」の清掃手順はとても事細かに決められていて、ひとつ
ひとつのやり方を正確にできなければ、合格は難しいとのこと。
 それでも、せっかく学校で「ビルクリ」を取り入れてくれているのだから、やらな
い手はない。先生や同級のお母さんと相談し、できるところまでやってみようと、
思い切って挑戦することにしました。

 参観日に行われた、第1回ビルクリ講習をのぞいてみました。
 「ビルクリ」には、「台ふき」「自在ほうき」「モップ」「スクイジー」の四つの種目が
ありますが、最初の講習は「台ふき」でした。
 ビル清掃の専門家の先生が来てくれ、台ふきのやり方を説明してくれます。
 まず、タオルを雑巾にするためのたたみ方。
 膝をついてバケツの水にタオルをひたし、水をしぼる、そのしぼり方。
 机の拭き方も横方向に何回、縦方向に何回とだいたい決まっていて、丁寧に
拭いた後に、また乾いたタオルでから拭きをする。
 見ているこちらも覚えられないような複雑さでした。
 これ、こうきにできるのだろうか・・・
 始めてみると、案の定、こうき、絞るところからもう難しい。
 いつも自己流で、タオル丸めて両手でおにぎり絞りしていたから、それを直すのは
時間がかかりそうです。
 拭き方も、きっちり隅までという意識がなかなか持てず、なんとなくまーるく拭いて、
はい、おしまい。
 これは大変だぞ、という印象でした。

 それでも、何度か講習を受け、こうきなりに練習を重ねていきました。
 実際、受検はしなくても、練習だけでもいいと思っていたのですが、学校の先生からは、
できるところまで、内容を精選して受検を目指しましょう、というお話がありました。 
 「台ふき」の最初のところだけ。身支度をして、雑巾を絞るところまでを完璧にすることが
目標となりました。
 検定が近づくにつれて、練習の時間が何度かあったのですが、先生が、
 「今日は10回くらい練習しよう」と言うと、本人は、
 「もっとやりたい!20回やりたい!」
と、かなり積極的だったようです。

 そして、当日。
 県内の特別支援学校の生徒が集まり、最初は開会式。
 式が終わると、早速検定が始まりました。
 あらかじめ、先生と一緒にシャツをズボンに入れ、袖を折り曲げてもらい身支度を整えます。
これも検定の10級相当になるのです。
 親も傍で見ていていいということなので、先に検定教室の隅で待機。先生も後ろから見守って
くれます。
 こうき、名前を呼ばれ、教室に入ってきます。いつものこうきと変わらない感じですが、
なんだろう、独特の雰囲気で、親の方が緊張してしまいます。
 入ってきたところに白いラインの印があり、そこに立ってスタートです。
 「○○ようごがっこう、○○こうきです!」
 大きすぎるくらいの声で元気にコールができました。
 検定員の方が座る目の前で、検定開始です。
 脇の机にある検定用のタオルを折り、ひざをついて、バケツの水で濡らします。
それを両手で内側にひねるように絞る。こうきが以前はできなくて、一番練習した部分ですが、
その形でしっかり力を入れて絞ることができました。
 そのあと、タオルを広げて、その上で自分の手をパンパンと拭く、ということなのですが、
パンパン、パンパン、パンパン、パンパン・・・あらら。
だいぶパンパンが長いぞ・・・と思ったのですが、やっと終わって、机の上にタオルを置きました。ホッ。
 白線のところに戻り、「おわりました!」
 あっという間の検定でした。

 検定員の方からは、
 「よく頑張りました。また練習して、今度は机を拭くところまで挑戦してください」という講評を
いただきました。
 おそらく、一緒に受けた生徒の中でも、一番短い検定時間だったと思います。
 それでも、ビルクリに挑戦できた、ということはとても良い経験になりました。
 できないと思うようなことも、続けていればできるようになるかもしれない。こうきがそれを
少しでも感じてくれたとしたら嬉しいことです。
 何度も指導してくださった先生に、感謝です。
 「らいねんも、ビルクリやります!」
 「さらいねんも、ビルクリやります!」
 再来年は学校を卒業しているけどね。
 やる気があるのは、いいことですね。 
 

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職場実習に行ってきました [記事]

 長いことブログにアクセスできない状態が続いていましたが、
復活できほっとしています。

 この半年の間に、こうきは何度か職場実習を経験しました。
 高等部に入ると、いよいよ卒業後の進路ということが身に迫ってきます。
 学校では度々職場見学の機会があり、進路先一覧の資料もいただいては
いるのですが、最終的に決めるのは親と本人。
 さて、どこに行けばよいのか?
 とても悩みます。

 現在、障害者の就労先については、大きく5つに分かれています。

 生活介護事業所       日常生活上の様々な支援、創作的活動・生産活動の機会、
                   身体機能や生活能力の向上のための援助などが受けられる。
 就労継続支援B型事業所  福祉就労で雇用契約はなし。最低賃金は保証されない。
 就労継続支援A型事業所  福祉就労で雇用契約あり。最低賃金は保証されるが労働時間
                   は短く、その事業所数は少ない。
 就労移行支援事業所     2年間で働くための技能や態度を高める場所。報酬はなし。
 一般就労            一般企業での雇用契約。障害者雇用制度の利用。

 
 こうきの学校では、高1の後期に一ヶ所、そして高2では前期と後期にそれぞれ
二ヶ所ずつ職場実習に行くことになっていますが、取りあえず、最初の実習は、
無理なく過ごせる場所を、と考え、ある事業所さんに決めました。
 先輩お母さんに「とてもいいよ」と聞いていたその実習先は、生活介護と継続支援
B型の両方を兼ねていて、どちらかと言うと生活介護に重きを置いているようでした。
 仕事は、利用者さんのペースに合わせてゆっくりと行われ、音楽活動や散歩、パソ
コンの閲覧など、余暇の時間が多く取り入れられた日課となっていました。
 自分の好きな活動が多いため、こうきはいつもと変わらない様子で過ごせていたよう
です。

 2年生になってからの前期の実習は、この事業所さんに再度三日間と、もう一ヶ所、
家から近く通いやすい別の事業所さんに三日間行くことになりました。

 最初のゆったりな実習先では、朝のラジオ体操から歌の時間、散歩の時間があって、
そこから資源物の処理の仕事が始まりました。空き缶つぶしと、ペットボトルのキャップ
を取りラベルをはがす作業。これはこうきの好きな作業でもあるので、結構手早くこな
していました。午後は不用紙をシュレッターにかける作業で、これも二回目ということも
あり、手慣れた様子で取り組んでいました。
 別の日は、畑に出て石拾いをしたり、クッキー製品のラベル選別や、袋詰め作業のお手
伝いをしたりしました。初めての作業は戸惑うこともありましたが、内容が理解できれば、
なんとか最後までやりきることができました。
 一日、墨や絵の具を使った創作活動の日もあって、いろいろな経験をさせてもらい、本人
は学校の延長のようなリラックスした感じで実習を終えることができたようです。
 親も、安心して付き添い見学することができました。

 ところが、後の実習先では、なかなか厳しい現実が待っていました。
 その事業所さんでは、メインの作業が箱の組み立てとなっており、最初にその練習から
始まったのですが、職員さんが練習用の箱を「こう折って、こう折って」と説明し始めたとこ
ろから、こうきの様子が変わってきました。
 一回自分でやってはみたものの、その視線は目の前の箱から離れ、あらぬ方に向かい、
箱の台紙を折り目ではないところで曲げようとしてしまうのです。
 「紙を曲げてはだめだよ。先生のところを見て」
 「下をよく見て」
 職員さんと先生と母とで代わる代わる声をかけるのですが、もう全くその声が届かない感
じです。
 「はこおり、やりません」
 「むずかしい!」
 「できない!!」
 大きな声を出し、きっぱりと拒否でした。
 複雑な作業の箱折りはこうきには難しいとわかっていましたが、そこまでとは・・・。
 練習ぐらいはできるのかな、して欲しい、と思っていた母も甘かった。
 手順の分かりにくいこと、見通しの持てないことに対しては、どうしたらよいかわからなくなっ
てしまうのでしょう。
 せめて、練習の箱に折る順番の番号がつけてあれば、などと思ってしまいましたが、それも
甘いのかもしれません。
 今までたっぷり支援を受けてきた学校と、少なからず利益を上げなければならない事業所
とは違う、ということを思い知らされた経験でした。

 箱折りを拒否したこうきは、そのあと、広告ちぎりと事業所製品の納品と老人ホームの衣服
たたみなどを経験させてもらいました。
 広告ちぎりは、学校でやっている雑誌やぶりと似ているので、まあオッケー。それに紙を組み
立てるより壊す方が本人的には楽しいらしいです。
 納品も、お出かけが大好きなこうきには、ドライブができて楽しい仕事です。
 同じく、老人ホームに出かけるのはよかったのですが、衣服をきれいにたたむという仕事は、
やはり苦手意識があるのか、イライラして職員さんからの指導を素直に受けられない状況が
あったようです。
 こうきに実習の感想を聞くと、「たのしかった」とのことでしたが、仕事をすることの厳しさを味
わった二ヶ所目の実習でした。
 
 おのおのの席に静かに座り、黙々と箱を組み立てていく利用者さんたちの姿に感心しながら、
親もいよいよこれからをきちんと考えなくてはいけないぞ、と気持ちを新たにしたのでした。



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ゴーちゃんに会いに行く [記事]

 いつからか分かりませんが、ゴーちゃん、ゴーちゃんと騒ぐようになりました。
 よく聞けば、テレビ朝日の番組キャラクターとのこと。
 今、こうきもパソコンで自由にユーチューブを見ることが日課となっていて、
いつの間にやらいろんな画像を開くようになっています。だいぶ昔の「お母さ
んといっしょ」の歌やら「サザエさん」のテーマソング、どこかのエレベータ一や、
駅のホームの画像などなど。どれも、今のこうきのお気に入りが流れています。
ゴーちゃんもそんな中で出会ったのでしょう。
 パンダが王子様の服を着た、なかなか可愛らしいキャラクターです。
 しかし・・・このゴーちゃん、どうやら私たちの住む地方局では登場しないらしく、
東京近郊のテレビ朝日局でしか見られない。そのことが、こうきにとっては大変な
あこがれというか、ストレスになっているようでした。

 そのうちに、週間テレビガイドの首都圏版をわざわざ買い、いろいろなチャンネル
をチェック。テレビ朝日欄は特に念入りに見ているようです。
 「ゴーちゃん、見れますか。どこで見れますか」
 「ゴーちゃんのこの番組、やってますか」
 「DVDはありますか」
 「ゴーちゃんの映画、みたい」
 だんだんゴーちゃん三昧になってきました。
 あまりうるさく「パソコンで調べる、」というので、見てみると、本当に昨年末にゴーち
ゃんの映画が公開されたとのこと。そこから、映画のDVDはあるか、映画館で観られ
るのか、どこで観られるのか、またまた質問が止まらなくなります。さらに調べてみると、
この映画は一般上映されておらず、DVDも発売されていないので、仕方なくユーチュ
ーブで観せることに。
 こうき、一応それで納得はしたようですが、今度は2月に公開される新作が観たい、と
言い始めました。それも、3月に東京で上映会があることを知り、行きたくてたまらなくな
ってってしまったのです・・・。
 もともと3月に東京ディズニーシーに行こうかと言っていた(これもこうきの希望)ところ
で、ちょうど上映会の日と重なってもいたので、その無料上映会に応募してみることにし
ました。(ただし、当たらなかったら、行くの無理だよ、と釘を刺しておいて)

 そこから、本人はもう「映画見に行く」ことで頭がいっぱい。いつ抽選結果がわかるのか
毎日何度も聞いてきます。抽選日が過ぎ、一週間経っても結果メールが届かない。しつ
こく聞かれて、こちらも面倒になり、
 「もうだめだった。当たらなかったよ」
と言うことにしました。
 ところが、上映日の一週間前になって、突然当選おめでとうメールが・・・
 こうきの顔が輝いたのは言うまでもありません。

 上映会当日。
 ホール真ん中のなかなか良い席に座ったこうき、舞台に声優さんたちとゴーちゃん
(着ぐるみです)が出てきた時には、心底うれしそうな顔。
 「ゴーちゃん、来ました」
と大拍手です。
 映画は、パンダのゴーちゃんとモコちゃんという女の子の交流を描いたもので、モコちゃ
んがゴーちゃんとペアを組んでフィギアスケート大会に挑戦するというストーリー。
 映画の内容が理解できたかどうかは定かではありませんが、静かに最後まで見ている
ことができました。
 上映会最後のお別れに、ゴーちゃんが客席を回ってくれ、こうきは何気に握手。
 その後もゴーちゃんの姿が見えなくなるまでじーっと目で追っていました。
 帰りにゴーちゃんグッズ販売に寄り、キーホルダーとプリンを自ら選び、大満足のようでした。

 あれから、しばらく、
 「ゴーちゃんに会いにいきました」
 「たのしかった」
 何度も繰り返し、ゴーちゃんとのひとときをかみしめていました。
 「またゴーちゃんにあえますか」
 「らいねん、えいが見に行きますか」
 また、長い問いへの始まりがほの見えたので、
 「もう来年はないよ」
 再び釘を刺しておきました。 

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ルーツ探し [記事]

 昨年からしきりに言い出したのが、
 「こうきくん、どこで、うまれました」
 東京だよ、東京の医師会病院で生まれたんだよ、と話をすると、
 「れーちゃん、どこで、うまれました」、
 れーちゃんも東京で生まれたんだよ。
 「にいちゃん、どこで、うまれました」
 兄ちゃんは、こっちの病院で生まれました。と答えると、そこから、
お母さんは、パパは、じいちゃんは、ばあちゃんは・・・と質問攻めです。

 「こうきくんは、東京で何年間すみました」
 「ほいくえん、どこに行きました」「何年、行きました」
 「何年に、こっちに来ました」
 「東京は、ようごがっこうありますか」
 「ようごがっこうの、寄宿舎ありますか」
 「寄宿の図書室ありますか」
 次から次へと知りたいことが増え、それも正確に何年に何があった、と
答えなくてはならないので(間違えると指摘されるのです)、こちらもだんだん
答えるのが面倒になり、年表を書いておくことにしました。
 2001年 いしかいびょういんでうまれる
 2004年 〇〇ほいくえんにはいる
 2006年 おひっこし
などというように。
こうきもそれを見て、ひとまず安心するようでした。

 それでも、東京時代の話は尽きず、あまりに自分の中で盛り上がって細かい
ことをあれこれ聞いてくるので、昔の写真を出してきて見せることにしました。
 こうき、何度も何度もめくっては自分の小さい頃の姿を眺めています。
 「こうきくん、はしってる」
 「おかあさん、なんか、食べてますか」
 「パパ、にこにこですか」
 写真を見ながら、状況を説明するような言葉を発します。かと思えば、写真の
背景にわずかに映ったビデオデッキが「ビクター」なのか、テレビは「パナソニッ
ク」なのか、いうものこうきらしく聞いてきたりもします。
 そのうちに、春休みに東京に行こうか、という話が持ち上がると
 「いしかいびょういんに行きたい」
 「〇〇ようごがっこう、見に行きたい」
と繰り返し言うようになりました。
 どうせなら、と懐かしい場所を10年ぶりに訪ねることにしました。

 3月、春休みに入ってすぐに東京へ。
 こうきが生まれて5歳まで過ごした場所に向かいます。
 地下鉄に乗り、終点近くの駅に降り立つと、昔とほとんど変わらない景色が・・・
大型団地が立ち並び、階下には商店街があり、こうきがよく走り回っていた団地の
中の公園はほぼそのまま。変わらず子どもたちでにぎわっています。
 「こうき、ここで遊んだの、覚えてる?」
 「おぼえてる!」
 本当かどうかはわかりませんが、自閉症の人は記憶が鮮明であるというので、
あながちいいかげんな答えではないのかもしれません。
 それから、保育園、昔住んでいたマンション、公園、養護学校、医師会病院・・・と
こうきに関わる場所を訪ね、写真を撮って帰って来ました。
 こうきは、ずっと来たかった場所、見たかった場所を巡ることができて、満足のよう
でした。
 私も、久しぶりに懐かしい場所を歩き、むずかしい子育てでもがいていた、嵐のよう
な日々がよみがえりました。
 でもそれは決して重苦しい記憶ではなく、何となく、ああいう時期が過ぎてしまったん
だなあと、どこか遠いことのように、感じられもしたのでした。

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はじめてのスキー [記事]

 先日、はじめてスキー教室に参加しました。
 本人のたっての希望です。
 養護学校は、高等部になるとスキー教室があるのですが、一部のクラスのみが対象です。
年間スケジュールをくまなくチェックしているこうきは、自分もスキーに行きたい、という気持
ちがむくむくとわき上がってきてしまったようなのです。
 そんな時、たまたま障害者向けのスキー教室があることを知り、早速申し込むことにしま
した。
 一応スキーの映像を見せ、スキーってこんな感じ、という事前の予習もしておきました。

 当日、心配していた天気は快晴。
前日までほどよく雪が降っていたので、絶好のスキー日和です。
 障害者スポーツの場を提供している団体の職員、ボランティア、スキーのインストラクター
の方々が講師となり、教室が始まりました。
 クラスは、初級班、初級~中級班、身体障害のある方向けのバイスキー班、と分かれ、
小学生から成人まで、幅広い年齢の方が集まっています。
 こうきは、まったくの初心者。まずはスキー靴を履くところからです。
 普段は障害者施設で働いているという、ボランティアのK先生が、手際よく靴を履かせて
くれます。が、その窮屈さと歩きにくさに、はじめから気乗りしない様子。
 おまけに、持ってきたゴーグルが見当たらなくなってしまい、本人も母も大あわて。
ゴーグルがない、という気になることを抱えたまま、教室を始めることになってしまいました。
 何しろ母は三十年ぶりのスキー、いろんなことを忘れていて何かともたついてしまいます。
介助で一緒にスキーをすることになりましたが、同じようにボラさんに靴を履かせてもらう
始末です。

 こうきは、スキーの不自由さに戸惑いながらも、まずは片足だけスキー板をつけて歩くと
いうところから始まりました。キックボードに慣れているこうき、これは得意。調子良すぎて
人にぶつかりそうになってしまうほど速く進みます。
 お、いいぞ。と思っていたら、両足スキー板をつけると、とたんに難しい。なかなか前に
進みません。
 そこでK先生が、中腰でこうきのスキー板を前から持ち、引っぱって移動させてくれます。
自分たちがスキーを習ったときは、まずは歩きなさい、斜面を登りなさい、というところから
始まった記憶があるのですが、K先生のやり方は違っていました。
 スキーの感覚を味わうために、まずは強制的に滑っている状態を作ってあげているよう
でした。
 知的障害があると、身体の使い方にも不自由さがあり、また不安感も大きいので、ただ歩け、
と言われても、うまくいかないことがあります。
 そのあたりをK先生はよく心得ているようでした。こうきが、すぐに嫌になってしまって
「きゅうけい」と、飲み物を持ってきて座り込んでしまっても、無理せず、休もうか、と付き合ってく
れていました。

 そんなふうに平地での移動と休憩の繰り返しを何度か続けるうち、だいぶスキーの滑りにも
慣れてきました。
 次の段階は、ゆるやかな斜面を歩いて上り、そこからボーゲンの形で下りるというものです。
そこでもK先生は、こうきのスキーをハの字の形にして、その先端を持ったまま、自分は後ろ
向きに斜面を下ります。そのおかげで、こうきは抵抗なく斜面を下りることができました。
 ここまでの段階は、なんとかクリアです。
 ただ、難関がひとつ。はじめから、ずっとこうきが気になって、その視線が向いている先が、
リフトです。
 「リフトは、こわいですか」
 「リフトは、のりません」
 とにかく、リフトの動きが気になって仕方なく、にらみつけるようにじっと見てそのまま動きま
せん。
 「ここで、すべります」
 「3じになったら、かえる」
 昼食後も下の方の斜面で何度も滑り、スキーに慣れてもきたので、K先生と、なんとか一回
だけでも上に行けたらと話していたのですが、思うより恐怖感があるようで、いくら「こわくない
よ」と励ましてもダメでした。
 そして、最後の一時間を切った頃、それでもと思って、言ってみました。
 「最後に一回だけリフト乗れたら、明日お出かけできるよ」
 「先生が、一緒に乗ってずっと手をつないでいてくれるから、大丈夫」
 すると、不安げな顔をしながらも、すっとリフトの方に向かう様子を見せたのです。 
やった!ごほうびと、手をつないでくれる、というのがよかったのかな。
 リフトはスキー場の方の配慮で、乗るときと下りるときに一時的に停止してくれたので、安心
感がありました。
 無事上りきってリフトを下りたときには、がんばったねと、先生とハイタッチ。
聞けば、最初のうちは震えていたけれど、そのうちに握っていた手の力も弱くなっていったそう
です。
 リフト、どうだった、と聞くと、こうきも
 「こわくなかった!」との返事。
 あとの急な斜面も、K先生にスキー板を持ってもらって、難なく下りられ、見事ゲレンデデビュ
ーを果たすことができたのでした。
 最後にもう一度リフトに乗ることもでき、はじめてのスキー体験、こうきにとっては上出来で、
K先生には本当に感謝の一日となりました。

 帰りの車の中、今日のスキーはどうでしたか、と聞くと、つぶやくように、
「スキーは、まんぞくでした」との答え。
 実は、家に帰ってから熱が出ていたことが判明。もしかしたら、本人はだいぶ無理していた
のかもしれませんが、その頑張りには拍手を送りたいと思います。

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文字を書くこと [記事]

 字を書くことは、こうきにとって昔から苦手なことでした。
 鉛筆を持って、線を引く。
 私たちは普段、簡単にやっていますが、こうきにとってそれはなかなか難しい
ことのようです。
 
 小学部の頃、学校の個別学習の時間に、毎日ひらがなの練習をしていました。
先生がなぞり書きのひらがなプリントを用意して下さって、繰り返し同じ字を練習
しました。同じプリントを何枚もやり、毎日の宿題でも、かなり長い間続けていたの
ですが、文字としての形になるのは容易ではありませんでした。 
 どうやら、直線や、曲線を思い通りに書けるようにならないと、文字というのは
うまく書けないようなのですが、線を引く微妙な力加減というのが、とても難しい。
 こうきの場合、力が入り過ぎてしまい、コントロールされた線を書くことができない
のです。
  こうきも自分でうまく書けないという思いがあったのか、自分から進んで書くという
ことはありませんでした。 

 唯一、文字を書こうと張り切ったのは、2歳年下の妹が小学校に入学して、ひら
がなをノートに書き始めたとき。
 こちらが何も言わないのに、自分も、というように白文ノートを出してきて、練習を
始めました。頑張って何冊も書いていましたが、複雑な形のひらがなは、なかなか
うまく書けません。そのうちに妹の方がうまくなり、漢字を書き始め・・・こうきの方の
練習は、長くは続きませんでした。
 文字を書くことが、こうきにとっては必要性が感じられることではなかったということ
もあるのでしょう。自分の意思を言葉に出して伝えることができるようになったこうき
は、文字を書くことが、あまり意味のあることではなかったのかもしれません。

 ところが、この冬休み、何もすることがなく暇な時に、教科書として学校からいただ
いていた「ひらがな練習ノート」を開いてみました。
 休み中に学習的な宿題が出ることは、もうなくなっていましたし、学年が進んできて、
作業学習が中心になってきているので、文字を練習すること自体もほとんどやらなく
なっていました。
 ところが、直線や曲線、ひらがなを少しなぞってみると、急に「じをかきたい」と言い
出しました。白文ノートを出すと、
 「とうきょう、いしかいびょういん、うまれました。書く」
 「とうぶのおみせ、かいもの、いきました。書く」
 「ちかてつ、のりました。書きたい」
 最近興味のある、自分が生まれた頃のこと、東京での出来事を書きたいと言うの
です。
 一文字一文字、こちらに確認しながら、書いていきます。
 「こ」「い」「た」「に」「つ」などの簡単な字は自分でも覚えていて、形は決してうまくは
ないけれど、何とか書ける。「ま」「よ」「か」「す」「も」などもかろうじていけます。でも、
「ふ」「な」「れ」「ね」「め」になるとお手上げです。こちらが書いてあげるのをなぞって
書くしかありません。
 書き上がった文字は、他の人が見たら、すべて判読できるものではありません。
 それでも、自分の書いておきたいことを文字にすることができて、本人は満足のよう
でした。

 それから、度々文字を書いています。
小さい頃に行った場所のこと、これからの予定、自分の乗るバスの発着時刻。
いろいろです。
 気になっていることが文字になることで、安心もするようです。
書くことが苦手なら、パソコンやタブレットを使ってもよいのかもしれない。
 せっかくの書きたいという気持ちに、少し付き合ってみたいと思います。



 

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母の入院 [記事]

 夏も終わり、ほっとしていたのもつかの間、定期的に受診していた病院で、
手術、入院が必要と言われてしまいました。
 そう聞いて、まず心配になったのはこうきのこと。
 自分がいなくて、学校や児童デイの送り迎えはどうしよう・・・。学校や寄宿
舎に持っていく荷物の準備や身の回りの世話、大丈夫だろうか。それに、
そもそも食事作りや洗濯、掃除といった家事は誰がやるんだろう・・・
いろんなことが頭を駆けめぐってしまいました。
 パニック状態がしばらく続いたあと、これは一人ではどうしようもない、と思
い、周りの人たちに少しずつ相談することにしました。
 養護学校の担任の先生からは、
 「寄宿舎に月曜から金曜まで入舎するようにして、あとは普段どおり教室で
過ごせば大丈夫ですよ。とにかくお母さんが元気になることが一番ですから、
学校のことは心配せずに治療に専念してください。」
と力強いお言葉をいただきました。
 そして、家のことは家族みんなで分担してやってもらうよう、頼むことにしま
した。

 もうひとつの心配は、自分がいないことで、こうきが不安定にならないかと
いうことでした。
 入院のことも、曖昧な段階で話さないようにしました。
こうきにとって、「いつ」というのがわからない状態は、とても不安なことです。
入院の日にちが決まるまで、一ヶ月以上ありましたが、その間はこうきの前
でその話題は避けることにしました。
 入院日がはっきりしてから初めて、「お母さん、病院に入ることになったん
だけど・・・」と話しました。その間のスケジュール(寄宿舎に入る日にちや
放課後デイの利用日、送り迎えのことや、土日はどこに行くか、などなど)を
事細かに伝えると、案外あっさりと受け入れたようでした。
 実際、私の入院中、家族や先生たちのおかげで、平日は学校と寄宿舎、
週末は家で普段と変わらない様子で過ごすことができたようです。

 週末は病院にお見舞いにも来てくれました。
 いつもは「きらい」と嫌がるのに、ちゃんとマスクをつけて現れ、おお、なん
だか大人っぽいではないかと思っていると、
 「寄宿の図書室、はいれますか?(いつも鍵がかかっているのです)」
 「がっこうは、BSアンテナ買いますか?」
ニコニコして、毎度お決まりの質問を、してきます。
 こちらも、
 「寄宿のことは、寄宿の先生に聞いてください。」
 「学校でBSアンテナは、絶対に買いません。無理です。」
お決まりの返事をすると、キャハッと嬉しそうに笑います。
かと思うと、
 「おかーさん、しゅじゅつ、いたいですか?」
なんて聞いてもくれました。
 これは私のことを心配しているのか、手術が怖いものかどうかの確認なのか、
よくわかりませんが、なんとなく嬉しい気持ちになりました。

 退院して一ヶ月、思うのは、自分が元気でないと、つくづく困るということ。
 反面、自分がいなくても、こうきは一人でやっていく力をつけつつあるのかな・・・。
そんなことを、感じてもいます。

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断捨離は、得意 [記事]

 我が家で一番の片付け好きは、ひょっとして、こうきかもしれません。
 誰に言われたわけでもないのに、毎日、食卓に置いてある新聞と広告類を、せっせと
新聞入れに片付けてくれるのもこうきです。時々、片付けが早すぎて、誰もまだ読まな
いうちにその日の新聞が見当たらなくなっていることがあります。片付け早すぎるよ、と
言いたくもなりますが、とにかく、それぐらいの生真面目さなのです。
 以前にも書きましたが、朝のゴミ出しもなぜか大好きで、張り切って出かけていきます。
部屋のゴミ箱のゴミが一杯になると、その袋を大きなゴミ袋に移し、新しい袋をセットして
くれたりもします。何も教えていないのに、自然とやってくれます。
 学校からのプリント類も、その行事が終わると「もう、いらない」と捨ててしまいます。こち
らは取っておきたいと思っていた、思い出のお便りもどんどん捨ててしまうので、後になって、
ああ、しまっておけばよかったと後悔することも。でも、結局何年も経ってから見ることは
あまりないので、こうきの方が正解なのかもしれません。

 考えてみれば、あれほど好きだったアンパンマンのパソコンも、何十本も集めた「おかあ
さんといっしょ」や「仮面ライダー」のビデオテープも、ブームが去ると「すてる。すてる。」と
処分したがりました。そんなに自分ではできないのにゲームソフトを買いたがった時期が
あって、中古のソフトがたくさんありましたが、それも「すてる。」子供雑誌の付録のDVD、
好きでネット注文して買っていたアニメや映画のDVDも「いらない。すてる。」
 こちらのほうが、せっかく買ったのにもったいない、と思ってしまい、取っておこうとすると、
かたくなに、捨てたい、いらない、と言い張り、結局イライラしてどうしようもないので、普段
お世話になっている施設やリサイクルショップに持って行くことにしました。
 どうやら、今必要ないものがある、ということが、こうきにとってとても落ち着かない状態で、
どうしようもなく不安定な気持ちになってしまうようなのでした。
  
 最近の告白です。
 「ソニーのブルーレイの本(説明書)すてちゃった。」
えっ、この間まであったのに。
 「9月11日の紙ごみですてちゃった。」
ちょうど、ディスクへの録画の仕方を調べたかったので、困りました。
 おまけに、もうひとつ。
 「東芝のDVDのきかいのリモコンすてちゃった。」
えーっ、捨てたの!!いつ?
 「2016年9月に紙ごみのふくろに入れて、すてました。」
 またはっきりと覚えていること。
 たいへん正直でよろしいですが、もちろん怒りました。
リモコン捨てるのはもってのほか。それも、紙のゴミに混ぜて捨てるのもだめ!
 「ごめんなさい、ごめんなさい。もうしない!もうしません!」
 慌てふためいて、大きな声を抑えきれなくなります。
本人も、時間が経ってみたら、いけないことをしてしまったと思っているようです。
けれども、どうしても捨てたくなってしまったその時の気持ちは、こうき自身もよく
わからない。それが、こうきのむずかしさでもあるのだな、と思います。

 ・・・ただ、なかなか物を捨てられない母には、時々こうきの潔さが必要になってくる
でしょう。
 20年前のパソコンや、壊れてしまったビデオデッキ。
 「いつ、すてますか?」と、こうきに急かされています。


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高山に行ってきました [記事]

 夏休み、岐阜の高山に行ってきました。
高山を選んだのは、妹の希望で、大好きなアニメの舞台になっているから。
ずっと前から行きたいと騒いでいました。
 こうきの希望はお泊りすることなので、行き先はどこでもオッケー。
ホテルでBS放送が見られれば満足なのでした。

 高山までは、バスで二時間半かかります。
曲がりくねった山道とトンネルをくぐり抜け、ようやく到着したのがお昼過ぎでした。
 さて、そこからはゆっくり古い町並みを味わおう、と思っていたのに、妹は、なに
やら特別な地図を取り出し、こっちこっちとぐいぐい歩きはじめます。
 妹の言うとおり、アニメに登場するという交差点や商店街、川沿いの通りやいくつ
かの橋を回り、そのたびに記念撮影。それもアニメと同じショットで写真を撮りたい
ので、この角度からあの角度からと時間がかかります。
「聖地巡礼」は、なんとも忙しい。
 こうきは、町を歩くのは好きなようで、大人しくついてきましたが、そのうちさすがに
飽きてきたのか、
 「アトラクションはありますか。」
などと言い出しました。いやあ、ここは何とかランドじゃないから、アトラクションはない
ですよ。と、とんちんかんなやりとりにもなってきます。
 「おかーさん、パナソニックのアンテナありました。」
 「DXアンテナありました。」
 正直、こうきは古い町並みに興味があるわけでもなく、目に付くのはやっぱりBSアン
テナです。アンテナのお皿の部分に書かれたメーカーのロゴが気になります。
 「うちは何のアンテナですか。」
 「DXアンテナですか。」
 「高いですか。」「いくらですか。」
と、いつものやりとりが続き、とても高山に旅行に来た気分ではありません。
 「あー、あれは、とうしばですか。」とこうき。
 「おーっ、確かに東芝だ。珍しいね。」
 古い家並みよりも、いつの間にかその上についているアンテナを指差し、喜んでいる自分
たちはいったい何しに来たんだろう・・・
なんだか可笑しくなってしまって、みんなで笑いました。

 その夜のこうき、ホテルでさんざんBSチャンネルをチェックしましたが、念願のWOWWOW
やCS放送は見ることできず、少しがっかりだったようです。
 「ワウワウはうつりませんでした。ざんねんです。」
 でも、高山でアンテナ巡礼ができたし、バスにもたくさん乗れたし、れーちゃんも楽しそうだった
から、満足の旅行ではなかったかな・・・。

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